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東京地方裁判所 平成10年(ワ)18188号 判決

原告

三觜淳

被告

株式会社メディカルシステム研究所

右代表者代表取締役

南雲一雄

右訴訟代理人弁護士

熊谷信太郎

布村浩之

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、金二一三万三一七二円並びに内金一五七万九六八四円に対する平成一〇年八月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員及び内金五五万三四八八円に対する平成一一年五月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告に対し、平成一一年四月一日付けで原告の職能資格がS2等級5号であることを確認する。

第二事案の概要

一  本件は、被告に雇用されている原告が、被告に入社して以来昇格、昇給において被告に差別されていると主張して、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき、昇格、昇給において差別されなければ支払われていたであろう平成四年から平成一〇年までの賃金と現実に平成四年度から平成一〇年度(毎年度はその年の四月一日から翌年三月三一日までをいう。)までに支払われた賃金の差額として合計金二一三万三一七二円並びに内金一五七万九六八四円(平成四年度から平成九年度までの損害額)に対する不法行為の日の後であることが明らかな平成一〇年八月一九日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金及び内金五五万三四八八円(平成一〇年度の損害額)に対する不法行為の日の翌日であることが明らかな平成一一年五月一二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、原告の職能資格が平成一一年四月一日付けでS2等級5号であることの確認を求めた事案である。

二  前提となる事実

1  原告は、平成三年五月、臨床検査技師の資格を持ってホルダー心電図解析技術者として被告に入社した。原告は被告に入社後に三か月間の試用期間の後に正式に採用され、ホルダー心電図の解析及びそれに付随する業務のみを行っている(争いがない。)。

2  被告は、医療用システム(コンピユータシステム)の開発及びホルダー心電図の解析を主たる業務とする株式会社である(争いがない。)。

3  被告の給与規定(以下「本件給与規定」という。)には、次のような定めがある。なお、本件給与規定が昭和六三年四月一日に施行されたときには三〇条にただし書はなく、本件給与規定は施行後は平成五年四月一日、平成七年九月一日及び平成九年二月一日にそれぞれ改訂されている(〈証拠略〉)。

(一) 被告の社員の給与は基準内給与と基準外給与(時間外勤務手当)に分かれ、基準内給与は本人給、職能資格手当、家族手当、住宅手当、資格手当、調整手当、通勤手当に分かれ、本人給は年齢給と職能給に分かれている(二条)。

(二) 職能給は各自の職務遂行能力に基づき支給し(一〇条)、その昇給は各人の勤務成績・貢献度・勤情等を厳正公平に査定して、毎年一回四月一日に行う(一三条一項)が、前項の規定にかかわらず、勤務成績が特に優秀であると認めた者については、特別昇給させることがある(同条二項)。

(三) 職能資格手当は職能資格制度に基づいた各自の職能資格に応じて支給する。(ママ)(一五条)が、職能資格の昇格は各人の勤務成績・貢献度・勤情・職能等を厳正公平に査定して、毎年一回四月一日に行い、その手当は昇格後の資格に基づいて支給する(一六条)。

(四) 調整手当は中途入社・出向・配転などにより既存の手当で支給できない場合支給することがある(三〇条本文)が、その目的を達したときには支給を停止する(三〇条ただし書)。調整手当の支給額はその都度決める(三一条)。

4  職能資格には一般職能(J級)、中間指導職能(S級)及び管理職能(M級)という三つの職能資格等級があり、J級及びS級はそれぞれ三等級に分かれ、M級は五等級に分かれている(争いがない。)。

5  原告の職能資格は平成三年五月に入社した時点でJ3等級1号であったが、平成四年四月はJ3等級L号のままで、平成五年四月にJ3等級2号に、平成六年四月にJ3等級3号に、平成七年四月にJ3等級4号に、平成八年四月にJ3等級6号に、平成九年四月にJ3等級7号に、平成一〇年四月にJ3等級8号に、平成一一年四月にJ3等級9号に、それぞれ上がっている(原告の職能資格が平成一一年四月にJ3等級9号となっていることは〈証拠略〉。その余は争いがない。)。

三  争点

1  原告は被告から昇給、昇格差別を受けているか。(略)

2  原告の損害額について。(略)

第三当裁判所の判断

一  争点1について

1  前記第二の二3(一)及び(四)並びに5の各事実、次に掲げる争いのない事実、証拠(〈証拠・人証略〉(ただし、次の認定に反する部分を除く。))及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、この認定に反する証拠(原告本人)は採用できず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 職能資格のJ級のうちJ2という資格等級は、資格名称としては一般職能と呼ばれ、この等級に格付される者は上司の具体的な指示を受けながら定められた手続に従って日常の定型的、反復的業務及び特別な知識経験を必要としない簡単な一般的業務を遂行できる者であり、J級のうちJ3という資格等級は、資格名称としては一般職能と呼ばれ、この等級に格付される者は部門計画や組織目的を理解し、実務経験を必要とする業務について独力でこなすことができ、一般的業務について指導でき、上位の業務の補助ができる者である。S級のうちS1という資格等級は資格名称としては主員と呼ばれ、この等級に格付される者は組織目的に協力し、職務遂行上において上司の総括的指示により日常業務をこなし、定型業務については指導を行うことができ、上位の業務に関して上級者の補助ができる者であり、職能資格のS級のうちS2という資格等級は、資格名称としては副主務と呼ばれ、この等級に格付される者は組織的目的や方針に従い、一般的指示を受けて必要によりメンバーを指導しつつ、一定範囲の業務に関してはかなりの知識、経験をもととし、相当程度の理解力及び指導力を必要とする者であり、S級のうちS3という資格等級は、資格名称として主務と呼ばれ、組織的目的や方針に従い、概括的指示を受けて必要によりメンバーを指導しつつ相当複雑な非定型的業務を遂行し得る高い専門知識と実務経験による理解力、判断力及び指導力を必要とした監督業務ができるとともに上級業務の補佐ができる者である(〈証拠略〉)。

(二) 被告は大学を卒業して被告に入社した社員の資格等級については原則としてJ3等級に格付することとしているが、ホルダー心電図解析の経験を有する者についてはS1等級に格付したことがある。例えば、平成九年に入社した大卒の町田、平成一〇年に入社した大卒の近藤はホルダー心電図の解析の経験があったので、入社の際にS1等級に格付した(被告が平成九年に入社した大卒の町田を、平成一〇年に入社した大卒の近藤を、それぞれ入社の際にS1に格付したことは争いがなく、その余は〈人証略〉、弁論の全趣旨)。

(三) 被告は、臨床検査技師の資格については、その資格に基づいて被告に入社する前に心電図解析の経験などがあれば評価するが、単に臨床検査技師の資格があるというだけでは評価しないこととしている(〈人証略〉)。

(四) 被告は、大学を卒業して被告に入社した社員で入社時に職能資格等級をJ3等級に格付した者の多くについては、J3等級に三年在級していれば翌年にはS1等級に昇格させる(社員の職能資格等級を引き上げること(例えば、J3等級からS1等級に引き上げること)以下「昇格」といい、職能資格等級は据え置いたままで号だけを引き上げること(例えば、J3等級1号をJ3等級2号に引き上げること)を以下「昇給」ということとする。)という取扱いをしていた。例えば、平成三年に被告に入社した中野は平成六年四月にはS1等級に昇格し、平成五年七月に入社した田中某(以下「田中」という。)及び平成五年に被告に入社した工藤某(以下「工藤」という。)は平成八年四月にはいずれもS1等級に昇格し、平成六年四月に入社した中田某(以下「中田」という。)及び可直は平成九年四月にはいずれもS1等級に昇格し、平成七年四月に被告に入社した松沢は平成一〇年四月にS1等級に昇格しているが、これらの者のうち中野は大学を中退しているが、中野を除くその余の者はいずれも大学を卒業しており、被告に入社した際には中野を含めてJ3等級に格付され、被告に入社してから三年後にはS1等級に昇格している。しかし、大学を卒業して被告に入社した社員で入社時に職能資格等級をJ3等級に格付された者のすべてがJ3等級に三年在級していれば必ず翌年にはS1等級に昇格するというわけではなく、例えば、平成三年四月に被告に入社した渡辺某(以下「渡辺」という。)及び同じく平成三年四月に被告に入社した此村某(以下「此村」という。)はいずれも大学を卒業しており、被告に入社した際にはJ3等級に格付されたが、渡辺がS1等級に昇格したのは平成八年四月であり、此村がS1等級に昇格したのは平成九年四月であった(〈証拠・人証略〉)。

(五) 原告は昭和六〇年三月に東京農工大学農学部獣医学科を卒業し、一年間アルバイトした後、昭和六一年四月から昭和六二年三月まで東京写真専門学校のⅡ部(夜間)に通学するる(ママ)とともに同年一月からフリーのカメラマンとして働き始めたが、そのうちにカメラマンの仕事に見切りをつけ、昭和六三年一〇月に取得した臨床検査技師の資格と獣医学科の卒業という経歴を生かして会社勤めをすることにし、株式会社アドバンスの腸内細菌研究所に就職し、そこで腸内細菌の培養や動物実験に従事していた。原告が同研究所からの転職を考えていた平成三年一月ころ求人広告誌に掲載されていた被告の求人広告を見て被告の面接を受け、被告に転職した(〈証拠略〉)。

(六) 原告は被告に入社した後は心電図解析部に配属され、二四時間測定した患者の心電図を記録したカセットテープを専用のコンピユータにかけてコンピュータの画面上に表示された波形を読み取るという解析の仕事を担当することになった。原告は試用期間中は一か月当たり一〇時間ほど残業をしていたが、試用期間が明けた後は残業をしないことに決め、現在に至るまで全く残業していないし、試用期間が明けた後は現在に至るまで終業三〇分前になると、新たな解析作業も行わない。心電図を記録した患者の容態のいかんによっては速やかにカセットテープを解析してその結果を解析を依頼してきた病院にすぐに報告しなければならない場合があるが、被告は土曜日と日曜日が休日であるため、例えば、右のように速やかに心電図を記録したカセットテープを解析してすぐにその結果を報告しなければならない容態の患者の心電図を記録したカセットテープが月曜日に多数持ち込まれることがあり、その場合には月曜日の就業時間中には解析が終わらず、月曜日中に解析を終えようとすると、残業をしなければならなかったが、そのような場合でも原告は残業をすることなく定時に帰宅していた。原告は定められた就業時間内の勤務が終わればそのまま帰宅することができるはずであり、残業をしなければならない理由はないと考えており、被告は残業を前提とした業務計画が(ママ)立てているとしてこれに反対の姿勢を示し、試用期間が明けた後の平成三年中には部会などで「残業を減らすために機械を増やすべきだ。」とか「残業がある程度減るまで営業は抑えるべきだ。」などと主張していた。被告において社員の過半数を代表する者との間で三六協定が締結されたのは平成五年一一月であり、それまでは被告では三六協定は締結されていなかったが、原告は平成五年一一月に三六協定が締結される際にも残業を前提に業務計画を立てるのはおかしいと抗議し続けた。原告はこれまでに被告から残業をするよう命じられたことは一度もない。心電図解析部に配属された他の社員の中で原告と同様に試用期間が明けた後は全く残業をしない社員はいない。ただ中野はS1等級に昇格する前は残業をしていたが、S1等級に昇格した後はほとんど残業をしておらず、現在に至るまでS2等級には昇格していない。心電図解析部に配属されている社員の一か月当たりの残業時間数の平均(心電図解析部に配属されている社員の総残業時間数を原告を含めた心電図解析部に配属された社員の数で除して得られる時間数)は、平成六年一月から同年一二月までについて言えば、二〇時間ないし四七時間であり、平成七年一月から同年七月について言えば、一二時間ないし二一時間であり、平成八年四月から平成九年三月までについて言えば、七時間ないし二一時間であり、もっとも多い者で五四時間であり、現在においても七時間ないし八時間ほどであり、もつとも多い者で二〇時間くらいである(被告において初めて三六協定が締結されたのは平成五年一一月であることは争いがなく、その余は〈証拠・人証略〉)。

(七) 原告の職能資格等級は平成三年五月に入社した時点でJ3等級1号であったが、平成四年四月においてもJ3等級1号のままであった(前記第二の二5)。その上、平成四年四月にJ3等級1号の職能給が六万一五〇〇円から六万五〇〇〇円に増額され、年齢給が一〇万九〇〇〇円から一一万七〇〇〇円に増額され、これによって一万一五〇〇円増額されたにもかかわらず、平成四年四月に調整手当が一万円から〇円に減額され、職能資格手当が一万五〇〇〇円から一万三五〇〇円に減額された結果、原告の平成四年四月以降の毎月の賃金の支給総額は二二万〇五〇〇円のままに据え置かれることになった。原告は被告に対し平成四年四月の昇給が〇円となったことについて抗議し、被告と交渉を重ねた結果、調整手当を一万円から五五〇〇円の減額にとどめ、職能資格手当は減額しないことを合意し、結局のところ、平成四年四月以降の毎月の賃金の支給総額は二二万七五〇〇円ということになり、平成四年四月の原告の昇給は七〇〇〇円ということになった。職能給については職能給表が、年齢給については年齢給表が、それぞれ作成されていてそれらの表に支給すべき金額が定められている。職能資格手当も各職能資格等級ごとに金額が定められており、J3等級の職能資格手当は平成七年三月までは一万五〇〇〇円であり、同年四月から平成八年三月までは一万四〇〇〇円であり、同年四月以降は一万円である。調整手当は支給の基準は本件給与規定三〇条本文のとおりであって(前記第二の二3(四))、例えば、被告に転職してきた者について転職前に勤めていた会社などで支給されていた賃金と被告において支給する賃金との差額を補てんする趣旨で支給されるが、右の差額を被告における昇給によって吸収することができたと認められる場合には支給が中止されるものとされており、これを確認する趣旨で設けられたのが本件給与規定三〇条ただし書である(〈証拠・人証略〉)。

(八) 原告の職能資格等級は平成五年四月にJ3等級1号からJ3等級2号に引き上げられた(前記第二の二5)。被告は平成五年四月以降の賃金について本人給に占める年齢給と職能給(前記第二の二3(一))の割合を職能給の占める割合を高くなるように改めたので、年齢給は一一万七〇〇〇円から一〇万一五〇〇円に減額され、職能給は六万五〇〇〇円から九万六六〇〇円に増額され、その結果本人給は一八万二〇〇〇円から一九万八一〇〇円に引き上げられたが、住宅手当が二万円から一万円に減額されたため、原告の平成五年四月以降の毎月の賃金の支給総額は二三万三六〇〇円となり、原告の昇給は六一〇〇円にとどまることになった。原告は被告に対し平成五年四月の昇給が六一〇〇円にとどまったことについて抗議し、被告と交渉を重ねた結果、調整手当を五五〇〇円から一万円の(ママ)増額することを合意し、結局のところ、平成五年四月以降の毎月の賃金の支給総額は二三万八一〇〇円ということになり、平成五年四月の原告の昇給は一万〇六〇〇円ということになった。住宅手当が二万円から一万円に減額されたのは本人給が増額され基礎額の増額が図られたことによることであった(〈証拠・人証略〉)。

(九) 原告は自分と同じく平成三年に入社した中野が平成六年四月にS1等級に昇格したにもかかわらず、自分がS1等級に昇格しなかったことを不審に思ったが、中野の方が原告よりも先に入社していたことから、翌年にS1等級に昇格するかどうか様子を見ることにし、被告に対し原告がS1等級に昇格しなかった理由について尋ねなかった(〈証拠略〉)。

(一〇) 関口心電図解析部長代理は原告との間で平成七年四月の昇格、昇給の決定の前に原告の自己評価とそれに対する面接を行ったが、その面接で原告に対する被告の評価はS、A、B、C、Zの五段階評価で言えば入社以来ずっとCであったことが説明された。原告は平成七年四月にS1等級に昇格しなかったので、同月二四日広瀬部長に対しS1等級に昇格しないことについて抗議した(原告が平成七年四月にS1等級に昇格しなかったことについて同月二四日広瀬部長に対し抗議したことは〈証拠略〉。その余は争いがない。)。

(一一) 被告は平成七年四月に平均九七八〇円の昇格を決めたが、平成六年度の決算の内容が思わしくなくそのため平成七年度の予算を見直したことに伴い、同年五月に平均五一六〇円の昇給にとどめることを決め、社員に対してはこれを文書で通知したが、その文書の中で同年四月分の賃金については当初のまま据え置くことにして翌月分以降の賃金から差し引くなどといった調整は行わないとしていたにもかかわらず、実際には同年五月分の賃金で調整を行っていた(争いがない。)。そのことを知った原告は、かねてから全労連・全国一般労働組合東京地方本部(以下「訴外組合」という。)に所属して非公然に行ってきた組合活動を公然化することにし、訴外組合は同年七月二〇日被告に対し組合活動を公然化することを通知し、同年四月に一旦決めた昇給額を同年五月に減ずるといった措置を講じたことについてこれを撤回して差額分を支給することなどを求めた。被告は訴外組合との交渉を重ねた結果、平成七年四月の昇給額は同年五月に決めたとおりとするが、同年四月に決めた昇給額と同年五月に決めた昇給額との差額の六か月分については被告の社員全員に対し支給することなどを合意した。その後原告は訴外組合の組合員として毎年被告と団体交渉を行っているが、被告の社員の中で訴外組合の組合員となっているのは原告だけである(〈証拠・人証略〉)。

(一二) 原告は平成八年四月もS1等級に昇格しなかったが、職能資格等級はJ3等級4号からJ3等級6号に引き上げられた。右の引上げ前の原告の一か月当たりの賃金の支給総額は二四万八〇〇〇円であり、右の引上げ後の原告の一か月当たりの賃金の支給総額は二五万三六〇〇円であるから、平成八年四月の昇給は五六〇〇円の昇給となっているが、平成七年五月に行われた昇給額の引下げ前の原告の一か月当たりの賃金の支給総額は二五万二〇〇〇円であり、これとの対比で言えば、平成八年四月の昇給は一六〇〇円の昇給である。そして、平成八年四月の昇給においてJ3等級6号ではなくJ3等級5号に引き上げられていたとすれば、原告の一か月当たりの賃金の支給総額は二五万二六〇〇円となっていたから、これと平成七年五月に行われた昇給額の引下げ前の原告の一か月当たりの賃金の支給総額である二五万二〇〇〇円との対比で言えば、平成八年四月の昇給は六〇〇円の昇給ということになる。このような前年との対比を踏まえて原告の職能資格等級は平成八年四月に二号引き上げられた。被告では社員の職能資格等級を昇格させずに同一の職能資格等級に据え置く場合にも、当該社員の過去一年間の成績考課、情意考課における評価が標準的であると認められる場合には、例えば、J3等級4号からJ3等級6号というように、二号引き上げることにしているが、原告の職能資格等級が平成八年四月に二号引き上げられたのは原告の過去一年間の成績考課、情意考課が標準的であると認められたためではない。被告では社員の成績考課、情意考課における評価が標準的であるとは認められない場合でも、毎年必ず最低でも一号は引き上げなければならないという取決めがされているわけではない(〈証拠・人証略〉)。

(一三) 被告は、平成七年三月以降、毎年三月にその年の四月以降の職能資格等級を決定する昇格試験を実施している。昇格試験は、被告の社員のうち、職能等級要件の概念に照らして当該等級における平均以上と認められ、上位等級での職務遂行能力が備わっており、能力考課が所定水準以上で、原則として所定の在級年数を満たしている社員について所属部長が推薦し、所属部長の推薦を受けた社員が与えられた課題についてレポートを提出してこれに基づいて面接を実施し、レポートの内容、面接態度、理解度及び具体性などが総合的に評価された上、現在在級期間の成績考課を加えて総合的に検討した結果、昇格の可否を決定するというものである(〈証拠・人証略〉)。

(一四) 原告は平成七年三月及び平成八年三月の昇格試験について所属部長である広瀬心電図解析部長(当時は総務部長と兼務していた。)の推薦は得られなかったが、心電図解析部の部長代理を務めていた関口が平成九年四月から心電図解析部長に就任することになっていたことから、同年三月の昇格試験についての推薦は関口が行うこととされた。関口は原告が入社から五年以上が経過し、それなりの心電図解析技術、知識も習得してきたように見られ、昇格すれば自分の仕事に責任と自覚を持って積極的に取り組んでくれるのではないかという期待を抱き、同年三月の昇格試験について原告を推薦した。平成九年三月の昇格試験におけるレポートの課題は「担当職務の重点課題と今後の取り組み方」であったが、原告が提出したレポートには、最重点課題として被告の余り利益が上がらない体質をどのように改善するかを挙げ、その原因として〈1〉単価が安すぎる、〈2〉解析作業が時間のかかるオートメーション化できない手作業であること、〈3〉右の〈1〉の原因の一つとなっている検査差益という社会的背景を挙げ、その対策として〈1〉については値上げしかないと述べ、〈2〉については余り有効な対策はないと述べた上で、記録状態の悪い顧客については文書や電話で通知し訪問して対処すると述べているが、文書や電話で通知し訪問して何をどのように対処するかについては具体的には何も述べていない。〈3〉については検査差益に耐え得る他の業務を探す若しくは業界団体を通じて検査差益そのものを是正する、又は、病院や医院を経営し下請けから元請けに変換すると述べている。次に右の最重点課題と同じくらい重要な課題として社員の健康管理を挙げ、具体的な案件として〈4〉禁煙、〈5〉禁煙の休憩室の確保、〈6〉VDT作業に必要な休憩時間の確保、〈7〉残業の削減を挙げて、これらの対策として〈4〉については全社禁煙が無理なら喫煙室がつくれるスペースのあるところに移転すると述べ、〈5〉については〈4〉と同じであると述べ、〈6〉については作業時間の短縮であり、記録状態の悪いテープの撲滅とテープ本数を適切な数にすることであると述べ、〈7〉については〈6〉と同じであると述べている。原告は同月二四日面接を受けたが、面接を担当したのは桐山常務、広瀬総務部長、松山システム部長、金久保営業部長及び関口心電図部長代理であった。原告は右の面接の際にレポートに書いた内容に沿って面接の担当者と話をした。被告は昇格試験の結果を踏まえて原告をS1等級に昇格させないことを決め、広瀬総務部長は同月三一日原告にその旨を伝え、その際に「自分で何をするかということが足りなかった。」と言われたが、自分は標準者であっても他の社員より劣るところはないと考えている原告は右の広瀬総務部長の忠告もしんしに受け止めなかった(〈証拠・人証略〉)。

(一五) 関口部長は平成一〇年三月の昇格試験について原告を推薦した。平成一〇年三月の昇格試験におけるレポートの課題は「担当職務の重点課題と今後の取り組み方」であり、これは前年と同じ課題であったが、原告が提出したレポートには、職務の課題以前に職場環境が良くないと述べ、煙草に関して職場における禁煙、分煙の義務を会社に認識していただくしかなく、しつこく改善を働きかけたいと述べた上で、ホルダー心電図解析について検査差益による収益増加の限界は無視できない現実であり、当社だけでは解決できない問題であると述べ、次に解析の量についてVDT作業に必要な休憩もとれず、残業もなくならないのはテープが多すぎるためであり、これを解決するには単価を改定するほかなく、それが無理ならMBCと合併して検査項目を増やしてホルダーでは損をしても他のもので収益が上がるように考えたり、三菱グループの力を借りて病院経営を目指し総合的医療サービス組織を作ることを考えたりする方がよいと述べ、最後にホルダーの具体的な課題として医家向け及び被験者向けのパンフレットの作成を提案している。原告は同月一三日面接を受けたが、面接を担当したのは広瀬総務部長などであった。原告は右の面接の際にレポートに書いた内容に沿って面接の担当者と話をした。被告は昇格試験の結果を踏まえて原告をS1等級に昇格させないことを決め、関口心電図解析部長は原告にその旨を伝え、その際にレポートや面接試験についてのアドバイスを行ったが、自分は標準者であっても他の社員より劣るところはないと考えている原告は右の関口心電図解析部長の忠告もしんしに受け止めなかった(〈証拠・人証略〉)。

(一六) 関口部長は平成一一年三月の昇格試験について原告を推薦した。平成一一年三月の昇格試験におけるレポートの課題は「担当職務の重点課題と今後の取り組み方(自己の担当職務の範囲の中で、具体的且つ明確な課題を形成し、自ら達成するため、取り組み方法、計画、成果について述べてください。)」であり、これは前年と同じ課題であったが、原告が提出したレポートには、ST計測に関してと題して、ホルタ(ママ)ー心電図では不整脈とともにSTによって虚血(性心疾患)も検査するが、このST計測の問題点を二つ挙げた上で、そのような問題点を踏まえて正確なSTデータを作っていきたいと述べ、次に検体(テープ)から得られる基礎的データの蓄積と活用についてと題して、今後被告において検体(テープ)から得られる基礎的データを蓄積し、これを活用して研究、検索が行えるかどうかを検討したいと述べている。原告は同月一七日面接を受けたが、面接を担当したのは広瀬総務部長などであった。原告は右の面接の際にレポートに書いた内容に沿って面接の担当者と話をした。被告は昇格試験の結果を踏まえて原告をS1等級に昇格させないことを決め、関口心電図解析部長は同月二三日原告にその旨を伝え、その際に「与えられた条件の中で頑張るのがよい社員である。」と言ったが、低すぎる解析の単価やテープの量に見合わない人員と機械設備の配置などを始めとしておよそ被告が原告に与えている条件そのものが間違っていると日ごろから考えている原告は「条件が間違っていたら、それを直すのが先決である。」と答えた(〈証拠・人証略〉)。

(一七) 被告では所属部長の推薦を受けて昇格試験を受けることになった社員が提出するレポートの内容について提出前に所属部長の助言を受けることを容認しており、助言を受けた社員はその助言に従ってレポートを書き直して提出することもあった。原告は平成九年三月の昇格試験について初めて所属部長の推薦を受けたが、レポートの内容について事前に所属部長の助言を受けることができることは知らず、そのことを知ったのは平成一〇年三月の昇格試験の面接のときであったが、被告が昇格試験において殊更に原告以外の社員を優遇する趣旨でレポートの内容について事前に所属部長の助言を受けることができることを原告に知らせないでおいたということはなかった。原告は平成一一年三月の昇格試験においてレポートを提出するに当たって事前に関口心電図解析部長にレポートを見せて関口心電図解析部長の助言を求めたところ、関口心電図解析部長は原告に対し表題と原告がレポートの中で指摘している事柄によってどういう効果が得られるのかを書き加えた方がよいと助言したが、原告は表題は書き加えたものの、原告がレポートの中で指摘している事柄によってどういう効果が得られるのかについては書き加えなかった(〈証拠・人証略〉)。

(一八) 原告が行っている心電図の解析の単価は一件当たり一万円ということもあれば、五〇〇〇円ということもあるが、平均は七〇〇〇円である。ホルダー心電図の保険点数は一五〇〇点であり、金額に換算すると、一万五〇〇〇円である。この一万五〇〇〇円と原告が行っている心電図の解析の単価との差額がいわゆる検査差益である。心電図の解析を行っている会社の中には解析記などの商品を販売する目的で心電図の解析を安価で行うところがあることもあって、心電図の解析の単価を引き上げることは困難な状況にあり、被告では収益を拡大しようとすると、現状では心電図の解析の量を増やすほかない(〈証拠・人証略〉)。

(一九) 被告は平成八年一月に東京都豊島区西池袋〈以下略〉から東京都豊島区南大塚〈以下略〉に移転したが、原告は右の移転に際し禁煙又は分煙の対策をきちんと実施するよう申し入れたが、一応パーテンションで仕切られているものの、喫煙者が職務を行っている場所と原告が解析の作業を行っている場所が完全に仕切られていないため、喫煙者が吸っている煙草の煙が原告が解析の作業を行っている場所に流れ込んできている。原告はこのことに激しく抗議し、その後も再三にわたり禁煙や分煙を強く求めているが、消防法との兼ね合いもあってなかなか実現していない(〈証拠略〉)。

(二〇) 被告は一〇機種の心電図解析装置を使用しているが、機種ごとにメーカーの特性のために解析結果の表現方法、使用言語が異なっており、また、解析技術者個人のスキル、心電図読影力、経験の差によってデータの作成方法や心電図の実波形の出力枚数が異なることがある。そこで、解析機種ごとに統一した表現にするとともに不整脈、虚血性疾患の出現時の基本的出力条件、方法を同一にしてサービスの向上に努めることが平成五年以降折にふれ心電図解析部内で話し合われてきたが、その話合いの結果が平成八年七月にホルダー心電図高精度解析レポートの基本的出力条件と題する書面にまとめられ、部会において原告を含めた全員がこの書面に従って解析の結果をまとめた報告書を作成することに賛成した。しかし、この書面どおりに解析の結果をまとめた報告書を作成すると、報告書が相当の量になるおそれがあったことから、原告は勝手に右の書面に示された出力基準に自分なりに優先順位をつけて優先順位の高いものに絞って報告書を作成していた(〈証拠・人証略〉)。

(二一) 被告では、右(二〇)の報告書の内容の標準化と前後して、心電図の解析を担当した者が報告書を作成した後に他の社員がその報告書の内容に誤りや問題があるかどうかを確認することとしたが、右のような確認作業を行う以前においては報告書の内容に誤りや問題があっても、そのまま心電図の解析を依頼してきた病院などに送られてしまい、そのため心電図の解析を依頼してきた病院などから報告書の内容の誤りや問題について苦情を受けることが多かった。被告では、報告書の作成は人間が行うことであるから、ミスは不可避であり、報告書の内容に誤りや問題があると心電図の解析を依頼してきた病院などから指摘された場合に、どのように対応するかが重要であると考えられていた(〈証拠・人証略〉)。

(二二) 原告が被告に入社してから平成一一年八月現在で八年余りが経過しているが、この間原告の職能資格等級はJ3等級に据え置かれたままであり、被告の社員でJ3等級からS1等級への昇格がこれほど遅い者はほかにはいない(〈証拠・人証略〉)。

2  以上の事実を前提に、原告が昇格、昇給(これらの定義については前記第三の一1(四)のとおりである。)において差別されているかどうかについて判断する。

(一) 原告は、職能資格等級は、大卒の場合、J3等級1号から開始し、ほぼ標準的にはJ3等級1号、J3等級3号、J3等級5号、S1等級1号、S1等級3号、S1等級5号、S2等級1号、S2等級3号、S2等級5号というように上がっていくと主張しており、この主張は、あたかも大卒の社員の職能資格等級が年功を唯一の要素として右のとおり上がっていくというものであるように考えられないでもない。

しかし、証拠(〈証拠・人証略〉)も併せ考えると、この主張は、大卒の社員の成績考課、情意考課が標準的であれば、大卒の社員の職能資格等級は右のとおり上がっていくというものであると解される。

そこで、右の原告の主張を右のように解した上で、次の(二)以下で原告の主張の当否を検討する(なお、仮に右の原告の主張が大卒の社員の職能資格等級が年功を唯一の要素として右のとおり上がっていくという趣旨を含むものであるとしても、本件全証拠に照らしても、大卒の社員の職能資格等級が年功を唯一の要素として右のとおり上がっていくことを認めるに足りる証拠はないから、大卒の社員の職能資格等級が年功を唯一の要素として右のとおり上がっていくことを認めることはできない(なお、原告は、被告が社員の職能資格等級の昇格、昇給の状況を明らかにする趣旨で提出してきた一覧表(〈証拠略〉)の信用性を争っているが、そもそも大卒の社員の職能資格等級が年功を唯一の要素として右のとおり上がっていくことを認めるに足りる証拠はないから、一覧表(〈証拠略〉)の信用性を検討するまでもない。)。)。

(二) 大卒の社員を昇格させるかどうかを決定する方法について

(1) 被告が平成七年三月以降毎年三月にその年の四月以降の職能資格等級を決定する昇格試験を実施しており、昇格試験の一環として提出されたレポートの内容、昇格試験の一環として行われた面接における態度、理解度及び具体性などが総合的に評価されて現在在級期間の成績考課を加えて総合的に検討した結果、昇格の可否を決定するものとされていることは、前記第三の一1(一三)のとおりである。

(2) 被告が平成七年三月以降右(1)に掲げたような内容の昇格試験を実施して職能資格等級の昇格の可否を決定するものとしていること(前記第三の一1(一三))からすれば、被告は平成六年以前においてもその年の四月以降の職能資格等級については現在在級期間の成績考課などを総合的に検討して決定していたものと考えられ、このことに証拠(〈証拠・人証略〉)も併せ考えると、被告は、社員のうち、職能等級要件の概念に照らして当該等級における平均以上と認められ、上位等級での職務遂行能力が備わっており、能力考課が所定水準以上で、原則として所定の在級年数を満たしている社員について所属部長が推薦し、所属部長の推薦を受けた社員について面接を実施し、面接態度、理解度及び具体性などが総合的に評価された上、現在在級期間の成績考課を加えて総合的に検討した結果、昇格の可否を決定していたものと認められる。

これに対し、原告はその陳述書(〈証拠略〉)において平成七年四月に初めて昇格の仕組みについて広瀬総務部長から説明があり、広瀬総務部長は平成六年四月に中野がS1等級に昇格した際にこれからは公平を帰(ママ)すために面接や試験を行いたいと発言していたと供述しており、右の供述からすると、平成六年以前においてはその年の四月以降の職能資格等級の昇格を決めるに当たって面接は行われていなかったのではないかと考えられないでもないが、右の供述だけでは平成六年以前においてはその年の四月以降の職能資格等級の昇格を決めるに当たって面接が行われていたという認定を左右するには足りず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

(3) 以上によれば、被告は、社員のうち、職能等級要件の概念に照らして当該等級における平均以上と認められ、上位等級での職務遂行能力が備わっており、能力考課が所定水準以上で、原則として所定の在級年数を満たしている社員について所属部長が推薦し、所属部長の推薦を受けた社員について平成六年以前は面接を実施し、平成七年以降はレポートの提出と面接を実施し、平成六年以前は面接態度、理解度及び具体性などが総合的に評価された上、現在在級期間の成績考課を加えて総合的に検討した結果、昇給の可否を決定し、平成七年以降はレポートの内容、面接態度、理解度及び具体性などが総合的に評価された上、現在在級期間の成績考課を加えて総合的に検討した結果、昇給の可否を決定していたものと認められる。

(三) 大卒の社員を昇格、昇給させる際の基準について

(1) 昇格の基準について

前記第三の一2(二)で認定、説示したことに、証拠(〈証拠・人証略〉)及び弁論の全趣旨も加えて併せ考えれば、J3等級という職能資格等級について言えば、J3等級という職能等級要件の概念に照らして当該等級における平均以上と認められ、上位等級であるS1等級での職務遂行能力が備わっており、能力考課が所定水準以上で、原則としてJ3等級所定の在級年数である三年J3等級に在級している社員について、平成六年以前は面接態度、理解度及び具体性などが総合的に評価された上、J3等級における在級期間の成績考課を加えて総合的に検討した結果、その社員が標準的であると認められる場合には、昇給を決定し、平成七年以降はレポートの内容、面接態度、理解度及び具体性などが総合的に評価された上、J3等級における在級期間の成績考課を加えて総合的に検討した結果、その社員が標準的であると認められる場合には、昇給させていることが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(2) 昇給の基準について

被告では社員の職能資格等級を昇格させずに同一の職能資格等級に据え置く場合にも、当該社員の過去一年間の成績考課、情意考課における評価が標準的であると認められる場合には、例えば、J3等級4号からJ3等級6号というように、二号引き上げることにしているが、被告では社員の成績考課、情意考課における評価が標準的であるとは認められない場合でも、毎年必ず最低でも一号は引き上げなければならないという取り決めがされているわけではないことは、前記第三の一1(一三)のとおりである。

(四) 右(三)によれば、大卒の社員を昇格させるにせよ、昇給させるにせよ、いずれにせよ、当該社員の成績考課、情意考課において当該社員が標準的であると評価することができることが必要である。

そこで、原告の平成四年四月以降の昇格、昇給における成績考課、情意考課において原告を標準的であると評価することができるかどうかについて検討する。

(1) 被告は、原告が標準的仕様の報告書を作成せず、独自の仕様の報告書を作成、提出している上、その内容に対する医師の苦情や上司の注意については「これは読影できない医者が悪い。」とか「こんな客は契約を切るべきだ。」などと言って改めようとしなかったと主張している(前記第二の三1(二)(2)ア)ところ、解析結果の表現方法、使用言語を解析機種ごとに統一した表現にするとともに不整脈、虚血性疾患の出現時の基本的出力条件、方法を同一にしてサービスの向上に努める目的で平成八年七月にまとめられたホルダー心電図高精度解析レポートの基本的出力条件と題する書面に従って解析の結果をまとめた報告書を作成することを心電図解析部の部会で原告を含む全員が賛成したにもかかわらず、原告はこの書面どおりに解析の結果をまとめた報告書を作成すると、報告書が相当の量になるおそれがあったことから、勝手に右の書面に示された出力基準に自分なりに優先順位をつけて優先順位の高いものに絞って報告書を作成していたことは、前記第三の一1(二〇)のとおりであり、また、原告の陳述書の記載内容、本人尋問における供述内容及び供述態度などによれば、原告は自分の考え方や行動は常に正しいという前提に立っているものと考えられることからすれば、原告がその作成に係る報告書の内容に対する医師の苦情や上司の注意について「これは読影できない医者が悪い。」とか「こんな客は契約を切るべきだ。」などと言ったことが認められる(なお、この認定に反する証拠(〈証拠略〉)は採用できず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。)。そして、原告が右の申合せに従った報告書を作成していないことや右のような発言をしたことは、原告の成績考課、情意考課において原告にとって不利益に評価されるべき事情であるというべきである。

しかし、原告が右の申合せに従った報告書を作成していないのは平成八年七月以降のことであるというべきであるから、原告が右の申合せに従った報告書を作成していないことが原告の成績考課、情意考課において原告にとって不利益に評価されるとしても、それは平成九年四月以降の昇格、昇給において毎年勘案され得るということであって、平成八年四月以前の昇格、昇給において毎年勘案される余地はなかったというべきである。そして、原告が右の申合せに従った報告書を作成していないことも、そのような報告書が作成された時期、回数や頻度、そのような報告書が作成されたことによる影響などについては全く明らかにはされていないのであって、そうであるとすると、原告が右の申合せに従った報告書を作成していないからといって、そのことから直ちに原告が右の申合せに従った報告書を作成していないことが原告の成績考課、情意考課において原告にとって不利益に評価されたと認めることはできない。

また、証拠(〈証拠・人証略〉)を総合しても、原告がその作成に係る報告書の内容に対する医師の苦情や上司の注意について「これは読影できない医者が悪い。」とか「こんな客は契約を切るべきだ。」などと発言をした時期、回数や頻度、右のような発言をしたことによる影響などについては全く明らかにはされていないのであって、そうであるとすると、原告が右のような発言をしたからといって、そのことから直ちに原告が右のような発言をしたことが原告の成績考課、情意考課において原告にとって不利益に評価されたと認めることはできない。

(2) 被告は、原告は自分勝手な報告書を作成して重度の不整脈の判断ミスという重大なミスを犯したことがあり、大学病院循環器専門医である解析指導医からそのミスを指摘されても、「そんなのわからない。」とうそぶいてやり直そうとしなかったと主張している(前記第二の三1(二)(2)イ)ところ、証人関口はその陳述書(〈証拠略〉)及び証人尋問においてこれまでに心電図の解析を依頼してきた病院などからの苦情に対する対応の仕方に問題があったことが五例ほどあったと供述ないし証言していること、報告書の作成は人間が行うことであるから、ミスは不可避であると考えられ(前記第三の一1(二一))、したがって、原告が被告に入社以来誤った内容の報告書や問題のある報告書を作成したことがなかったとは到底考えられないこと、前記説示のとおり原告は自分の考え方や行動は常に正しいという前提に立っているものと考えられること、以上の点を総合すれば、心電図の解析を依頼してきた病院などからの苦情に対する原告の対応の仕方に問題があった例があったことが認められる(なお、この認定に反する証拠(〈証拠略〉)は採用できず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。)。そして、心電図の解析を依頼してきた病院などからの苦情に対する原告の対応の仕方に問題があった例があったことは原告の成績考課・情意考課において原告にとって不利益に評価されるべき事情であるというべきである。

しかし、証拠(〈証拠・人証略〉)を総合しても、心電図の解析を依頼してきた病院などからの苦情に対する原告の対応の仕方に問題があった件が起きた時期、回数や頻度、原告による問題のある対応をしたことによる影響などについては全く明らかにはされていないのであって、そうであるとすると、原告が問題のある対応をしたからといって、そのことから直ちに原告が問題のある対応をしたことが原告の成績考課・情意考課において原告にとって不利益に評価されたと認めることはできない。

(3) 被告は、原告が勤務時間中に頻繁に休憩をとり、終業時間三〇分前ころからは解析作業をせずにいることが多いと主張している(前記第二の三1(二)(2)ウ)ところ、証人関口はその陳述書(〈証拠略〉)及び証人尋問において原告は勤務時間中にしばしば休憩をとっていると供述ないし証言していること、原告が心電図解析部で担当していたのは二四時間測定した患者の心電図を記録したカセットテープを専用のコンピュータにかけてコンピュータの画面上に表示された波形を読み取るという解析の仕事であり(前記第三の一1(六))、これはいわゆるVDT作業(連続してCRTディスプレイ画面からデータなどを読み取り、又はキーを操作する作業)に当たり、VDT作業では作業に従事する者の健康を守るために一連続作業時間が一時間を超えないようにし、次の連続作業までの間に一〇分ないし一五分の作業休止時間を設け、かつ、一連続作業時間内において一ないし二回程度の小休止を設けるべきであるとされていること(〈証拠・人証略〉)、原告は解析すべきテープの数が多すぎてVDT作業に必要な休憩時間を確保するという体制を被告が採っていないことに相当強い不満を抱いているものと考えられ(前記第三の一1(一四)ないし(一六)、〈証拠・人証略〉)、これに、前記説示のとおり原告は自分の考え方や行動は常に正しいという前提に立っているものと考えられることも加えて併せ考えれば、被告がVDT作業に必要な休憩時間を確保するという体制を採らないのであれば、自分の身を守るために自発的に休憩時間をとるほかないと考えたとしても、不思議ではないこと、原告が勤務時間中にしばしば休憩をとっていたのは自分の身を守るために自発的に休憩をとるほかないという考えに基づくことであるとすれば、それは原告の試用期間が明けた直後から現在に至るまで行われていると考えられること、以上の点を総合すれば、原告は試用期間が明けた以降現在に至るまで勤務時間中にしばしば休憩をとっていることが認められる(なお、この認定に反する証拠(〈証拠略〉)は採用できず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。)。また、原告が試用期間が明けた以降現在に至るまで終業三〇分前になると新たな解析作業も行わないことは、前記第三の一1(六)のとおりである。

原告が試用期間が明けた以降現在に至るまで勤務時間中にしばしば休憩をとっていたことや原告が試用期間が明けた以降現在に至るまで終業三〇分前になると新たな解析作業を行わないことは、原告の成績考課・情意考課において原告にとって不利益に評価されるべき事情であるというべきであり、それらは平成四年四月以降の原告の昇格、昇給において毎年勘案され得ることであるというべきである。そして、証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、原告が試用期間が明けた以降現在に至るまで勤務時間中にしばしば休憩をとっていたことや原告が試用期間が明けた以降現在に至るまで終業三〇分前になると新たな解析作業を行わないことはいずれも平成四年四月以降の原告の昇格、昇給における原告の成績考課、情意考課において原告にとって不利益に評価されるべき事情として毎年勘案されていたものと認められる(なお、この認定に反する証拠はない。)。

(4) 被告は、原告は勤務中に病院や医院や医師といった顧客や被告に対する悪口を大声で言うことが多く、これが原告の周囲で働く社員の業務を著しく阻害しており、また、原告は私語も多く、作業効率の改善や向上に対する取組も非協力的であると主張している(前記第二の三1(二)(2)エ)ところ、証人関口はその陳述書(〈証拠略〉)及び証人尋問において原告は勤務中に病院や医院や医師といった顧客や被告に対する悪口を大声で言うことが多く、これが原告の周囲で働く社員の業務を著しく阻害していたと供述ないし証言をしていること、原告は心電図の解析を依頼してくる病院などに対し相応の不満を抱いているものと考えられ、また、被告が職場環境をきちんと整えようとしなかったり、単価の引上げや検査差益の問題の抜本的な改善などを図ることなく、専ら営業の拡大によって収益を維持しようとしたりしていることに相当強い不満を抱いているものと考えられ(前記第三の一1(一四)ないし(一六)、〈証拠・人証略〉)、これに、前記説示のとおり原告は自分の考え方や行動は常に正しいという前提に立っているものと考えられることも加えて併せ考えれば、原告が日ごろから病院や医院といった顧客や被告に対する不満を漏らしていたことは十分考えられること、原告は定められた就業時間内の勤務が終わればそのまま帰宅することができるはずであり、残業をしなければならない理由はないと考えており、被告は残業を前提とした業務計画を立てているとしてこれに反対の姿勢を示し、試用期間が明けた後の平成三年中には部会などで「残業を減らすために機械を増やすべきだ。」とか「残業がある程度減るまで営業は抑えるべきだ。」などと主張しており(前記第三の一1(六))、また、証人広瀬はその証人尋問において広瀬は原告の試用期間が明ける直前に当時の原告の同僚から原告が病院や医院といった顧客に対する悪口を言っていると告げられたと証言していることからすると、原告が日ごろから病院や医院や医師といった顧客や被告に対する不満を漏らしていたとすれば、それは試用期間中の平成三年から始まったものと考えられること、以上の点に照らせば、原告が試用期間中の平成三年以降現在に至るまで日ごろから病院や医院や医師といった顧客や被告に対する不満を漏らしていたことを認めることはできる(なお、この認定に反する証拠(〈証拠略〉)は採用できず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。)が、証拠(〈証拠・人証略〉)を総合しても、原告が右のとおり不満を漏らすことによって原告の周囲で働く社員の中には不快感を感じていた者がいたことは十分考えられることではあるが、原告が右のとおり不満を漏らすことによって原告の周囲で働く社員の業務が著しく阻害されたことまで認めることはできない。また、証人関口はその陳述書(〈証拠略〉)及び証人尋問において原告は私語も多く、作業効率の改善や向上に対する取組も非協力的であると供述ないし証言をしていること、原告は被告が単価の引上げや検査差益の問題の抜本的な改善などを図ることなく、専ら営業の拡大によって収益を維持しようとする被告の経営姿勢が根本的に誤っており、何よりもそのような経営姿勢を早急に改めることが必要であると考えていたものと思われること(前記第三の一1(一四)ないし(一六)、〈証拠・人証略〉)、原告が試用期間が明けた後は残業を一切行わず、前記第三の一1(六)のとおり残業を前提とした業務計画が立てられていることに反対の姿勢を示していたことからすれば、原告は試用期間中には既に右のような考え方をとっていたものと考えられること、作業効率の改善や向上に対する取組に協力することは被告の経営姿勢を是とすることを前提とするものといえるから、原告が右のような考え方に立っているとすれば、原告が作業効率の改善や向上に対する取組に積極的であるとは考え難いこと、以上の点に照らせば、試用期間が明けた以降現在に至るまで原告の作業効率の改善や向上に対する取組は消極的であったものと認められる(なお、この認定に反する証拠(〈証拠略〉)は採用できず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。)。

しかし、原告が試用期間が明けた以降現在に至るまで日ごろから病院や医院や医師といった顧客や被告に対する不満を漏らしていたが、原告が右のとおり不満を漏らすことによって原告の周囲で働く社員の業務が著しく阻害されたことは認められないのであるから、原告が右のとおり不満を漏らしたことが原告の成績考課、情意考課において原告にとって不利益に評価されたということはできない。

これに対し、試用期間が明けた以降現在に至るまでの原告の作業効率の改善や向上に対する取組が消極的であったことは、原告の成績考課、情意考課において原告にとって不利益に評価されるべき事情であるというべきであり、それらは平成四年四月以降の原告の昇格、昇給において毎年勘案され得ることであるというべきである。そして、証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、試用期間が明けた以降現在に至るまでの原告の作業効率の改善や向上に対する取組が消極的であったことは平成四年四月以降の原告の昇格、昇給における原告の成績考課、情意考課において原告にとって不利益に評価されるべき事情として毎年勘案されていたものと認められる(なお、この認定に反する証拠はない。)。

(5) 以上によれば、原告が試用期間が明けた以降現在に至るまで勤務時間中にしばしば休憩をとっていたこと、原告が試用期間が明けた以降現在に至るまで終業三〇分前になると新たな解析作業を行わないこと、試用期間が明けた以降現在に至るまでの原告の作業効率の改善や向上に対する取組が消極的であったこと(以上三つを総称して以下「本件諸事情」という。)は、いずれも原告の成績考課、情意考課において原告にとって不利益に評価されるべき事情であるというべきであり、本件諸事情は平成四年四月以降の原告の昇格、昇給において毎年勘案されていたというべきである。

(6) しかし、原告が被告に入社してから平成一一年八月現在で八年余りが経過しているが、この間原告の職能資格等級はJ3等級に据え置かれたままであり、被告の社員でJ3等級からS1等級への昇格がこれほど遅い者はほかにはおらず(前記第三の一1(二二))、極めて異常な事態であるといわざるを得ないのであり、また、原告は平成四年四月にJ3等級2号に昇給せずJ3等級1号に据え置かれたままであったばかりか、被告は年齢給や職能給の改定によって生ずる平成四年四月における原告の昇給について一万五〇〇〇円と決められていた職能資格手当を一万三五〇〇円に減額し、翌年以降は再び一万円を支給することにした調整手当を〇円としてまで年齢給や職能給の改定による昇給額を〇円にしようとしており(前記第三の一1(七))、これも極めて異常な措置であるといわざるを得ないのであって、本件諸事情はこのような異常な事態に至った原因や異常な措置がとられた原因としては足りないというべきであって、本件諸事情の外にこのような異常な事態に至った原因や異常な措置がとられた原因があるものと考えるのが自然かつ合理的である。

そして、被告が病院などから依頼される心電図の解析の単価は平均七〇〇〇円であるが、心電図の解析の単価を引き上げることは困難な状況にあり、被告では収益を拡大しようとすると、現状では心電図の解析の量を増やすほかなく(前記第三の一1(一八))、その結果、残業が増えるという状況であるにもかかわらず、原告は試用期間が明けた後は残業をしないことに決め、現在に至るまで全く残業していないし、試用期間が明けた後は現在に至るまで終業三〇分前になると、新たな解析作業も行わない(前記第三の一1(六))というのであり、また、原告は定められた就業時間内の勤務が終わればそのまま帰宅することができるはずであり、残業をしなければならない理由はないと考えており、被告が残業を前提とした業務計画が(ママ)立てているとしてこれに反対の姿勢を示し、試用期間が明けた後の平成三年中には部会などで「残業を減らすために機械を増やすべきだ。」とか「残業がある程度減るまで営業は抑えるべきだ。」などと主張しており、平成五年一一月に三六協定が締結される際にも残業を前提に業務計画を立てるのはおかしいと抗議し続け(前記第三の一1(六))、平成九年三月の昇格試験及び平成一〇年三月の昇格試験の際にも同様の考え方に立っていることを明らかにしている(前記第三の一1(一四)、(一五))のであって、このように原告は被告が収益の拡大を図る目的で心電図の解析の量を増やすという経営方針に協力しようとしていないのであり、このような原告の非協力的態度も前掲のような異常な事態に至った原因や異常な措置がとられた原因であると認められ、そうすると、このような原告の非協力的態度は平成四年四月以降の原告の昇格、昇給における原告の成績考課、情意考課において原告にとって不利益に評価されるべき事情として毎年勘案されていたものと認められる(なお、これらの認定に反する証拠(〈証拠・人証略〉)は採用できず、他にこれらの認定を左右するに足りる証拠はない。)。

(7) ところで、右の(6)で認定、説示した原告の非協力的態度が平成四年四月以降の原告の昇格、昇給における原告の成績考課、情意考課において原告にとって不利益に評価されるべき事情として毎年勘案されていたというのは、要するに、原告が残業しないことが平成四年四月以降の原告の昇格、昇給における原告の成績考課、情意考課において原告にとって不利益に評価されるべき事情として毎年勘案されていたということにほかならないというべきであるが、そもそも残業に協力する社員と協力しない社員とでは、被告に対する寄与度、貢献度の点で差があるわけであるから、残業の頻度の差を考課対象事実とすることには合理性があり、その結果、残業に協力する社員と協力しない社員とで成績考課、情意考課に差が生じたとしても、それを差別であるということはできない。したがって、原告が残業しないことを平成四年四月以降の原告の昇格、昇給における原告の成績考課、情意考課において原告にとって不利益に評価されるべき事情として勘案することがおよそ許されないということはできないのであって、これがおよそ許さないという前提に立つ原告の主張は採用できない(なお、被告は平成五年一一月まで三六協定を締結していなかった(前記第三の一1(六))から、被告が社員に残業を命じることはできないが、被告が三六協定が締結されていないのに原告に残業を命じこれに従わなかった原告について成績考課、情意考課において差を付けていたというのであればともかく、原告は被告から残業を命じられたことは一度もない(前記第三の一1(六))というのであるから、原告の成績考課、情意考課において原告が被告から残業を命じられたのにこれに従わなかったことが勘案されたということはあり得ないのであり、原告の成績考課、情意考課においては原告が残業をしなかったという結果だけが勘案されたにすぎないのであって、現に残業を行った者と行わなかった者とでは被告に対する寄与度、貢献度に差があるのは明らかである。以上によれば、被告が平成五年一一月まで三六協定を締結しなかったことは被告が平成四年四月以降の昇格、昇給において社員の残業の頻度の差を考課対象事実とすることの妨げにはならないというべきである。)。

(8) そして、

ア 原告は試用期間が明けた後は残業をしないことに決め、現在に至るまで全く残業していなし、試用期間が明けた後は現在に至るまで終業三〇分前になると、新たな解析作業も行わないこと(前記第三の一1(六))、

イ 心電図解析部に配属された他の社員の中で原告と同様に試用期間が明けた後は全く残業をしない社員はいないのであって、中野はS1等級に昇格した後はほとんど残業をしておらず、現在に至るまでS2等級には昇格していないが、S1等級に昇格する前は残業をしていたこと(前記第三の一1(六))、

ウ 心電図を記録した患者の容態のいかんによっては速やかにカセットテープを解析してその結果を解析を依頼してきた病院にすぐに報告しなければならない場合があるところ、被告は土曜日と日曜日が休日であるため、例えば、右のように速やかに心電図を記録したカセットテープを解析してすぐにその結果を報告しなければならない容態の患者の心電図を記録したカセットテープが月曜日に多数持ち込まれることがあり、その場合には月曜日の就業時間中には解析が終わらず、月曜日中に解析を終えようとすると、残業をしなければならなかったが、そのような場合でも原告は残業をすることなく定時に帰宅していたこと(前記第三の一1(六)。もっとも右は原告が右の述べたような急ぎのテープがあるにもかかわらず、そのテープの解析すら終えないで定時に帰宅してしまうという趣旨ではない。)、

エ 心電図解析部に配属されている社員の一か月当たりの残業時間数の平均(心電図解析部に配属されている社員の総残業時間数を原告を含めた心電図解析部に配属された社員の数で除して得られる時間数)は、平成六年一月から同年一二月までについて言えば、二〇時間ないし四七時間であり、平成七年一月から同年七月について言えば、一二時間ないし二一時間であり、平成八年四月から平成九年三月までについて言えば、七時間ないし二一時間であり、現在においても七時間ないし八時間ほどであること(前記第三の一1(六))、

以上、アないしエを総合すれば、残業をしない原告と残業をする社員とでは被告に対する寄与度、貢献度には極めて大きな差があるというべきである。

また、本件諸事情も被告に対する寄与度、貢献度という観点からこれをしんしゃくすることができるというべきであり、その観点からすれば、本件諸事情がある原告とそのような事情がない社員とでは被告に対する寄与度、貢献度にはやはり大きな差があるというべきである。

そして、以上を総合考慮すれば、原告の平成四年四月以降の昇格、昇給における成績考課、情意考課において原告を標準的であると評価することはできないというべきである。

(五) もっとも、原告の平成四年四月以降の昇格、昇給における成績考課、情意考課において原告を標準的であると評価することができないとしても、残業の有無及び本件諸事情による被告に対する寄与度、貢献度の差という程度を越えた査定上の差を付けている場合には、残業に協力せず本件諸事情を抱えている原告に対する報復的措置として差別に当たるということができることもあり得るものと解される。

そして、原告が被告に入社してから平成一一年八月現在で八年余りが経過しているにもかかわらず、原告の職能資格等級はJ3等級に据え置かれたままであり、被告の社員でJ3等級からS1等級への昇格がこれほど遅い者はほかにはいないのである(前記第三の一1(二二))が、残業をしない原告と残業をする社員とでは被告に対する寄与度、貢献度には極めて大きな差がある(前記第三の一2(四)(8))上、本件諸事情がある原告とそのような事情がない社員とでは被告に対する寄与度、貢献度には大きな差があること(前記第三の一2(四)(8))からすれば、被告が原告の昇格、昇給において残業の有無及び本件諸事情による被告に対する寄与度、貢献度の差という程度を越えた査定上の差を付けているということはできない。

(六) これに対し、

(1) 原告は平成四年四月にJ3等級2号に昇給せずJ3等級1号に据え置かれたままであったばかりか、被告は年齢給や職能給の改定によって生ずる平成四年四月における原告の昇給について一万五〇〇〇円と決められていた職能資格手当を一万三五〇〇円に減額し、翌年以降は再び一万円を支給することにした調整手当を〇円としてまで年齢給や職能給の改定による原告の昇給額を〇円にしようとしたことがあり(前記第三の一1(七))、原告は、その陳述書などによれば、原告の昇級額を〇円としようとしたのは原告に対する差別であると考えているもののようである。

しかし、そもそも残業をしない原告と残業をする社員とでは被告に対する寄与度、貢献度には極めて大きな差がある(前記第三の一2(四)(8))上、平成三年について言えば、原告は試用期間中は一か月当たり一〇時間ほど残業をしていたにもかかわらず、試用期間が明けた後は残業をしないことに決め、現在に至るまで全く残業せず、試用期間が明けた後は現在に至るまで終業三〇分前になると、新たな解析作業も行わない上、残業を前提とした業務計画が立てられていることに反対の姿勢を示し、試用期間が明けた後の平成三年中には部会などで「残業を減らすために機械を増やすべきだ。」とか「残業がある程度減るまで営業は抑えるべきだ。」などと主張していた(前記第三の一1(六))というのであり、原告はいわば試用期間が明けるまでは残業に協力するような態度を示しながら、試用期間が明けた途端に手のひらを返したように残業に協力しない態度をとることを明確にしたというべきであって、右のような経過からすれば、試用期間の経過前における原告の態度は欺瞞的であるというべきであり、原告がその年齢などから被告を担う中核的な社員となることを期待していた被告(証人広瀬)が、右のような欺瞞的な態度をとった原告に裏切られたと考え、原告に対し、平成四年四月に原告の職能資格等級をJ3等級1号に据え置いた上、年齢給や職能給の改定によって生ずる右同月における原告の昇給額を〇円にしようとする措置に出たとしても、それは無理からぬことであるといえなくもない。

そして、原告が被告との交渉を重ねた結果、原告の平成四年四月における昇給額は七〇〇〇円ということになったこと(前記第三の一1(七))、被告では社員の成績考課、情意考課における評価が標準的であるとは認められない場合でも、毎年必ず最低でも一号は引き上げなければならないという取決めがされているわけではないこと(前記第三の一1(一二))も併せ考えれば、原告は平成四年四月にJ3等級2号に昇給せずJ3等級1号に据え置かれたままであったばかりか、被告は年齢給や職能給の改定によって生ずる平成四年四月における原告の昇給について一万五〇〇〇円と決められていた職能資格手当を一万三五〇〇円に減額し、翌年以降は再び一万円を支給することにした調整手当を〇円としてまで年齢給や職能給の改定による原告の昇給額を〇円にしようとしたことがあることをもって、被告が原告の昇格、昇給において残業の有無及び本件諸事情による被告に対する寄与度、貢献度の差という程度を越えた査定上の差をつけているということはではない。

(2) 原告は平成九年三月の昇格試験、平成一〇年三月の昇格試験及び平成一一年三月の昇格試験を受けたが、S1等級には昇格しなかった(前記第三の一1(一四)ないし(一六))が、原告は、その陳述書などによれば、三回にわたる昇格試験において原告がS1等級に昇格するに相応しい能力などを兼ね備えていることが明らかになったと考えているもののようである。

しかし、平成九年三月の昇格試験、平成一〇年三月の昇格試験及び平成一一年三月の昇格試験におけるレポートの課題はいずれも「担当職務の重点課題と今後の取り組み方」というものであり(前記第三の一1(一四)ないし(一六))、そのレポートの課題の内容からすれば、担当している職務に何らかの問題点があるかどうか、問題点があるとして、それに対する対策について考えるところを書くことが求められていることは容易に想像されるのであって、作業効率の改善や向上に対する取組について消極的であると評価されている原告について言えば、原告が自分の担当する職務に存する問題点及びそれに対する対策について考えるところを書けば、それによって作業効率の改善や向上に対する取組について消極的であるという原告に対する評価を払拭することができ、それによって原告がS1等級に昇格する可能性も開けるものと考えられるにもかかわらず、原告は平成九年三月の昇格試験の際に提出したレポートにおいても、平成一〇年三月の昇格試験の際に提出したレポートにおいても、被告の経営姿勢や経営方針を批判することに終始しているにすぎず、原告が担当する職務に存する問題点及びそれに対する対策を提示するという観点から建設的な意見は一つも提示されなかったのであり、平成一一年三月の昇格試験の際に提出したレポートにおいては、原告が担当する職務に存する問題点及びそれに対する対策が一応提示されているものの、その問題点を解決することによってどのような効果が期待できるのかについては触れられておらず(前記第三の一1(一七))、したがって、平成一一年三月の昇格試験の際に提出したレポートについては単に技術的な問題点とその解決策を提示したにすぎないとしか受け止めるほかなかったのである(〈人証略〉)。このように原告が平成九年三月の昇格試験、平成一〇年三月の昇格試験及び平成一一年三月の昇格試験の際に提出したレポートは、内容的には、作業効率の改善や向上に対する取組について消極的であるという原告に対する評価を払拭するにはほど遠いものであったというべきである。そして、原告は平成九年三月の昇格試験、平成一〇年三月の昇格試験及び平成一一年三月の昇格試験の際の面接においてはいずれもレポートに書いた内容に沿って面接の担当者と話をした(前記第三の一1(一四)ないし(一六))というのであるから、面接もまた作業効率の改善や向上に対する取組について消極的であるという原告に対する評価を払拭するにはほど遠いものであったというべきである。そうであるとすると、被告が平成九年三月の昇格試験、平成一〇年三月の昇格試験及び平成一一年三月の昇格試験の結果を踏まえてそれぞれ原告をS1等級に昇格させなかったのはもっともなことであるというほかない。

したがって、原告が平成九年三月の昇格試験、平成一〇年三月の昇格試験及び平成一一年三月の昇格試験を受けたが、この三回にわたる昇格試験において原告がS1等級に昇格するに相応しい能力などを兼ね備えていることが明らかになったということはできないのであって、被告が原告の昇格、昇給において残業の有無及び本件諸事情による被告に対する寄与度、貢献度の差という程度を越えた査定上の差を付けているということはできない。

(3) 原告は平成八年一月に東京都豊島区南大塚(以下略)に移転するに際し被告に対し禁煙又は分煙の対策をきちんと実施するよう申し入れ、その後も再三にわたり禁煙や分煙を強く求めている(前記第三の一1(一九))が、原告は、その陳述書などによれば、面接の担当者が喫煙者であることもあって、原告が被告に禁煙や分煙を強く求めていることが三回にわたる昇格試験においてS1等級に昇格しなかった理由であると考えているもののようである。

しかし、右(2)で認定、説示したことによれば、原告は三回にわたる昇格試験において作業効率の改善や向上に対する取組について消極的であるという原告に対する評価を払拭することすらできず、そのためそれまでの被告の原告に対する評価を変更させるに至らなかったので、昇格しなかったにすぎないのであり、原告が被告において禁煙や分煙を強く求めていることが原告が三回にわたる昇格試験において昇格しなかった理由であるということはできない。

(4) 原告は被告が平成七年四月に一旦決めた昇給額を同年五月に一方的に減額した件に関して組合活動を公然化し、原告が所属する訴外組合は被告との交渉を重ねて同年四月に決めた昇給額と同年五月に決めた昇給額との差額の六か月分を被告の社員全員に支給することなどを合意した外、その後原告は訴外組合の組合員として毎年被告と団体交渉を行っているが、被告の社員の中で訴外組合の組合員となっているのは原告だけであり(前記第三の一1(一一))、原告は、その陳述書などによれば、原告が組合活動をしていることが三回にわたる昇格試験においてS1等級に昇格しなかった理由であると考えているもののようである。

しかし、前記第三の一2(六)(2)で認定、説示したことによれば、原告は三回にわたる昇格試験において作業効率の改善や向上に対する取組について消極的であるという原告に対する評価を払拭することすらできず、そのためそれまでの被告の原告に対する評価を変更させるに至らなかったので、昇格しなかったにすぎないのであり、原告が組合活動をしていることが原告が三回にわたる昇格試験において昇格しなかった理由であるということはできない。

(七) 以上によれば、原告が被告に入社してから平成一一年八月現在で八年余りが経過しているにもかかわらず、原告の職能資格等級はJ3等級に据え置かれたままでS1等級に昇格していない(前記第三の一1(二二))のは、原告の平成四年四月以降の昇格、昇給における成績考課、情意考課において原告を標準的であると評価することはできないためであり、被告の社員でJ3等級からS1等級への昇格が原告ほど遅い者はほかにはいないのである(前記第三の一1(二二))が、そうであるからといって原告のS1等級への昇格の遅れが原告に対する差別であるということはできない。

二  結論

以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がない。

(裁判官 鈴木正紀)

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